はじめに
「最近うちの猫、よく食べるのに痩せてきた気がする」「高齢なのに妙に活発で、夜中によく鳴くようになった」—そんな変化にお気づきではありませんか?
これらの症状は、実は猫の甲状腺機能亢進症の典型的な初期サインかもしれません。この病気は10歳以上の高齢猫に多く見られ、日本では7歳以上の猫の10%以上が罹患しているとも言われる代表的な内分泌疾患です。
一見すると元気で食欲旺盛に見えるため見過ごされがちですが、放置すると心臓病や腎臓病などの重篤な合併症を引き起こし、愛猫の寿命を著しく短縮させる恐れがあります。しかし適切な診断と治療により、多くの猫が健康で長生きできるようになる病気でもあるのです。
この記事では、甲状腺機能亢進症の基本知識から見逃してはいけない初期症状、最新の診断・治療法まで、愛猫の健康を守るために知っておきたい情報を詳しく解説します。
猫の甲状腺機能亢進症とは?基本知識と発症メカニズム

甲状腺ホルモンの役割
甲状腺は喉の下にある小さな器官で、猫の生命維持に重要な役割を担っています。甲状腺ホルモン(T4・T3)の主な働きは以下の通りです。
- エネルギーの生産促進
- 体温の調節
- 心臓機能の向上
- 全身の新陳代謝のコントロール
つまり、甲状腺ホルモンは猫の「体のエンジン」のような存在です。
甲状腺機能亢進症とは
甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気です。代謝が異常に活発になりすぎて、様々な臓器に負担をかけます。
この病気の特徴
- 一見「元気で活発」に見える
- 初期段階では病気と気づきにくい
- 猫のホルモン疾患では最も多い
- 1980年頃から報告が増加
原因と発症要因
主な原因
- 9割が甲状腺の良性腺腫性過形成
- 1割程度の割合で悪性の甲状腺癌(非常に稀)
- 約70%の症例で左右両方の甲状腺が影響
発症に関わる可能性がある要因
- 食事中のヨウ素の過剰摂取
- キャットフードに含まれるイソフラボン
- プラスチック容器の化学物質
- 遺伝的要因
- アルミニウム缶フード(ドライフードのみと比べて5倍のリスク)
発症しやすい猫の特徴
年齢: 8歳頃から発症率上昇、10歳以上で最多
品種・性別: 特定の傾向なし(全猫種で発症可能)
発症率: 7歳以上の猫の10%以上が罹患
診断技術の向上により発見される機会が増え、高齢猫にとって重要な疾患となっています。
見逃してはいけない初期症状と進行段階別のサイン

初期に現れる症状
甲状腺機能亢進症の初期症状は、一見すると「健康で元気」に見えるため要注意です。
最重要サイン:食欲があるのに体重減少
体重減少は約9割の猫に見られる最も一般的な症状で、特に筋肉量の低下が顕著に現れます。一方で約半数の猫では食欲が増加し、普段より多く食べるようになります。この「よく食べるのに痩せる」状態は、飼い主が最初に気づく重要なサインです。
行動・活動の変化
約3割の猫で行動の変化が見られ、高齢なのに異常に活発になったり、落ち着きがなくなったりします。具体的には攻撃的になる、夜鳴きが増える、大きな声で鳴く、異常に甘えるといった症状が現れます。これらは一見すると「元気になった」と思われがちですが、実は病気のサインなのです。
多飲多尿
約3割の猫で多飲多尿(水をたくさん飲み、尿量が増える)が見られます。これは甲状腺ホルモンの影響で血流が良くなり、腎臓への血流量が増加することが原因です。
進行した場合の症状
病気が進行すると、より深刻な症状が現れます。
外見・顔つきの変化
甲状腺機能亢進症が進行すると、猫の顔つきにも特徴的な変化が現れます。目がギラギラと大きく見える、頬がこけて顔が細くなる、被毛がボサボサで艶がなくなるといった外見上の変化が見られ、全体的に痩せて骨張った印象になります。
消化器症状の悪化
嘔吐は約4割、下痢は約1割の猫で見られるようになります。病気の初期では時々起こる程度だった消化器症状が、進行とともに頻度が増加し、慢性化していきます。
心血管系への深刻な影響
甲状腺ホルモンの過剰により心拍数が増加し、多くの猫で心筋肥大が見られるようになります。進行すると肥大型心筋症を発症し、胸水や肺水腫により呼吸困難を引き起こすことがあります。
→【心筋症についてはこちら】
高血圧による合併症
約2割の猫で高血圧症を併発し、特に危険なのは網膜剥離による突然の失明です。猫は失明しても家の中を覚えて行動できるため、飼い主が気づかないことも多いとされています。
末期症状
病気が末期まで進行すると、これまで増加していた食欲も低下し、元気もなくなります。心不全による呼吸困難や不整脈による突然死のリスクも高まります。また、背後に隠れていた慢性腎臓病が顕在化し、複合的な問題を引き起こすことも少なくありません。
→【慢性腎臓病についてはこちら】
要注意ポイント: 甲状腺機能亢進症は数ヶ月から数年かけてゆっくり進行するため、変化に気づきにくいのが特徴です。10歳以上の高齢猫でこれらの症状が見られたら、早めに獣医師に相談しましょう。

診断方法と検査の流れ

血液検査による診断
甲状腺機能亢進症の確定診断は、血液検査による甲状腺ホルモン(T4)の測定が最も重要です。
T4ホルモン測定
- 基準値:通常1.0-4.0μg/dl
- 5μg/dl超:ほぼ確実に甲状腺機能亢進症
- 結果判明:院内検査は当日、外部検査は数日
注意点: 軽度の場合や他の疾患併発時は正常範囲内を示すこともあり、再検査が必要な場合があります。
その他の血液検査異常
- ALP(アルカリホスファターゼ)の上昇:多くの症例で見られる
- ALT(GPT)の上昇
- 特にALPのみ顕著に上昇している場合は強く疑う
追加検査
身体検査
- 触診:首の甲状腺腫大を確認(触知できるのは20-30%以下)
- 超音波検査:甲状腺の大きさや構造を詳細評価
合併症の検査
- 心臓検査:心電図、胸部X線、心エコー、血圧測定
- 眼科検査:高血圧による網膜剥離・眼底出血の確認
- 腎機能評価:尿検査、詳細な腎機能検査
重要ポイント: 甲状腺ホルモンの影響で腎臓の数値(BUN、クレアチニン)が実際より良く見えることがあります。治療開始後に隠れていた腎臓病が見つかる可能性があるため、詳しい評価が必要です。
鑑別診断
「よく食べるのに痩せる」症状を示す他の病気との区別が重要です。
鑑別すべき疾患
- 糖尿病
- 慢性腎臓病
- 膵炎
- 腸炎
- リンパ腫
追加検査
- 血糖値測定
- 尿糖・尿タンパク検査
- 画像検査
定期モニタリング
診断確定後は治療効果と副作用のチェックが欠かせません。
検査スケジュール
- 治療開始〜3ヶ月:2〜4週毎
- 3ヶ月以降:2〜3ヶ月毎
検査内容:
- T4値の測定
- 副作用チェック
- 併発疾患の評価
治療選択肢と日常管理のポイント

主な治療法
甲状腺機能亢進症には3つの治療選択肢があり、猫の状態と飼い主の状況に応じて最適な方法を選択します。
1. 内服薬治療(最も一般的)
- 薬剤名:チアマゾール(商品名:メルカゾール、チロー)
- 作用:甲状腺ホルモンの合成を阻害
- 投与量:1.25-2.5mg/回を1日1〜2回
- 特徴:猫専用製剤で苦味をマスク、飲ませやすい設計
約1割から2割の猫で副作用が報告されており、嘔吐、食欲不振、肝障害、顔面・頸部の湿疹、血球減少などが見られることがあります。投薬が困難な場合は、同成分の注射薬による皮下注射も可能です。
2. 外科手術(根本治療)
- 方法:腫大した甲状腺の摘出
- メリット:成功すれば完治、投薬不要
- リスク:麻酔、術後合併症(上皮小体機能低下症など)
- 適応:全身状態を慎重に評価して決定
食事管理と療法食
ヨウ素制限療法食による管理
近年注目されているのが、甲状腺ホルモンの原料となるヨウ素を制限した療法食による管理です。薬を使わずに甲状腺機能をコントロールできる場合があり、副作用のリスクを最小限に抑えることができます。
ヒルズ プリスクリプション・ダイエット y/d
日本国内で入手可能な甲状腺機能亢進症専用の療法食として、ヒルズの「プリスクリプション・ダイエット y/d」があります。この療法食はヨウ素含有量を0.2ppm以下に厳しく制限し、3週間の単独給与で甲状腺機能亢進症の管理に役立つことが科学的に証明された唯一の療法食です。
Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングなどの通販サイトや、全国の動物病院で購入可能です。ただし、効果を得るためにはこの療法食以外の食べ物は一切与えることができないため、猫が食べてくれるかどうかが治療成功の鍵となります。食べない場合は、他の治療法への変更を検討する必要があります。
定期検査と長期管理
甲状腺機能亢進症は慢性疾患のため、生涯にわたる管理が必要です。治療開始後3ヶ月までは2〜4週毎、安定後は2〜3ヶ月毎の定期検査が欠かせません。血液検査によるT4値のモニタリングに加えて、体重測定、心機能評価、腎機能チェックなどを継続的に行います。
適切な治療により、甲状腺機能亢進症の猫の多くは健康な猫と同じような生活を送ることができます。中央生存期間は417日(約1年2ヶ月)とされていますが、甲状腺機能亢進症のみの場合は612日(約1年8ヶ月)と、適切な管理により予後の改善が期待できる疾患です。
よくある質問(Q&A)
Q1. 甲状腺機能亢進症の猫の余命はどのくらいですか?
A1. 甲状腺機能亢進症の中央生存期間は417日(約1年2ヶ月)とされていますが、これは併発疾患も含めた数値です。甲状腺機能亢進症のみの場合は612日(約1年8ヶ月)となります。ただし、適切な治療により多くの猫が健康な生活を送り、天寿を全うすることも可能です。早期発見・早期治療が予後改善の鍵となります。
Q2. 甲状腺機能亢進症の薬は一生飲み続ける必要がありますか?
A2. 内服薬(チアマゾール)による治療の場合、基本的には生涯継続する必要があります。薬を中止すると甲状腺ホルモンが再び上昇し、症状が再発します。ただし、外科手術により甲状腺を摘出した場合は、手術が成功すれば投薬が不要になることがあります。また、ヨウ素制限療法食での管理が成功している場合も、薬は不要となります。
Q3. 療法食のy/dを食べない場合はどうすればよいですか?
A3. ヨウ素制限療法食は、効果を得るためにはその食事のみを与える必要があるため、食べてくれない場合は他の治療法を検討します。まずは内服薬治療(チアマゾール)に切り替えるのが一般的です。手作り食でのヨウ素制限は栄養バランスの管理が困難で推奨されません。獣医師と相談して、猫に最適な治療法を選択することが重要です。
Q4. 若い猫でも甲状腺機能亢進症になることはありますか?
A4. 甲状腺機能亢進症は主に中高齢猫の病気で、8歳以下での発症は稀です。しかし、2歳以上であれば発症の可能性はゼロではありません。若い猫で「よく食べるのに痩せる」「異常に活発」などの症状が見られる場合は、甲状腺機能亢進症以外の疾患(糖尿病、消化器疾患、寄生虫感染など)の可能性も考慮して、総合的な検査を受けることをお勧めします。
Q5. 甲状腺機能亢進症になると顔つきが変わると聞きましたが、どのような変化ですか?
A5. 甲状腺機能亢進症が進行すると、以下のような顔つきの変化が見られることがあります。
- 目がギラギラと大きく見える(眼球突出様)
- 頬がこけて顔が細くなる
- 被毛の艶がなくなり、ボサボサになる
- 全体的に痩せて骨張った印象になる
これらの変化は徐々に進行するため、毎日見ている飼い主には気づきにくいこともあります。写真で比較したり、定期的に体重を測定したりすることで変化を把握しやすくなります。
Q6. 甲状腺機能亢進症の猫にご飯を食べない時期があるのですが、大丈夫でしょうか?
A6. 甲状腺機能亢進症の経過中に食欲が低下する場合は、以下の可能性が考えられます。
- 病気の進行による末期症状
- 投薬による副作用
- 他の疾患の併発(腎臓病、心臓病など)
- 薬の効果が強すぎている場合
いずれも早急な獣医師の診察が必要な状態です。血液検査による甲状腺ホルモン値の確認や、他の臓器機能の評価を行い、適切な対処を受けてください。
Q7. 甲状腺機能亢進症は予防できますか?
A7. 残念ながら、甲状腺機能亢進症の確実な予防法は確立されていません。ただし、以下の点に注意することで発症リスクを下げられる可能性があります。
- アルミニウム缶の缶詰フードの過度な使用を避ける
- バランスの取れた食事を与える
- 定期的な健康診断を受ける(特に7歳以降)
- ストレスの少ない生活環境を整える
最も重要なのは定期的な健康診断による早期発見です。7歳以降の猫では年1〜2回の血液検査で甲状腺ホルモンを測定することをお勧めします。
まとめ

猫の甲状腺機能亢進症は、7歳以上の高齢猫の10%以上が罹患する代表的な内分泌疾患です。「よく食べるのに痩せる」「高齢なのに活発」といった一見健康に見える症状が特徴的で、見過ごされやすい病気でもあります。
しかし、放置すると心臓病、高血圧、腎臓病などの重篤な合併症を引き起こし、愛猫の寿命を著しく短縮させる危険性があります。一方で、血液検査による早期診断と適切な治療により、多くの猫が健康で長生きできるようになる治療可能な疾患でもあります。
治療選択肢には内服薬(チアマゾール)、ヨウ素制限療法食(ヒルズy/d)、外科手術があり、猫の状態に応じて最適な方法を選択できます。定期的な健康診断による早期発見と、獣医師との密な連携による継続的な管理が、愛猫の健康な生活を支える鍵となります。
少しでも気になる症状がある場合は、迷わず獣医師にご相談ください。適切な診断と治療により、甲状腺機能亢進症の猫も充実した生活を送ることができるのです。
参考文献・参照記事
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる獣医学的情報源を参照いたしました。
獣医学専門機関・動物病院
- ノヤ動物病院「猫の甲状腺機能亢進症について┃高齢の猫に多い病気」
URL: https://noya.cc/column/1227/ - あいむ動物病院 西船橋「甲状腺機能亢進症」
URL: https://119.vc/illness/archives/149 - 次郎丸動物病院「猫の甲状腺機能亢進症の症状と原因、治療について|獣医師が解説」
URL: https://jiroumaru-ah.com/case/case-endocrinology/entry-111.html - うたづ動物病院「【猫】甲状腺機能亢進症」
URL: https://utazu-petclinic.com/case/【猫】甲状腺機能亢進症/ - パティキャットクリニック「甲状腺機能亢進症」
URL: https://www.pati-clinic.com/catclinic/kojosen/detail/detailG000000038_11.html - 野並どうぶつ病院「ネコちゃんの甲状腺機能亢進症について」
URL: https://nonami-ah.com/ネコちゃんの甲状腺機能亢進症について/ - 平井動物病院「猫の甲状腺機能亢進症」
URL: https://www.hirai-ah.jp/d011/ - こざわ犬猫病院「猫の甲状腺機能亢進症」
URL: https://www.anicare.net/illness/kojosenkinokoshinsho/
獣医学会・専門団体
- 日本臨床獣医学フォーラム(JBVP)「甲状腺機能亢進症 / 猫の病気」
URL: https://www.jbvp.org/family/cat/metabolism/01.html - 南が丘動物病院「猫の甲状腺機能亢進症、内科療法の副作用」
URL: https://www.minamigaokaah.com/column/column_20190316_1544.html
動物医療情報サイト
- アニコム損害保険株式会社「【獣医師監修】猫の甲状腺機能亢進症はどんな病気?治療法は?」
URL: https://www.anicom-sompo.co.jp/nekonoshiori/3663.html - 価格.com「猫の甲状腺機能亢進症の症状・原因と治療法について獣医師が解説」
URL: https://hoken.kakaku.com/pet/cat_injuries/hormone/kojosen/
製薬会社・療法食メーカー
- あすかアニマルヘルス株式会社「チロー錠 製品情報」
URL: https://aska-animal.co.jp/products/detail/companimal/thylo.html - ヒルズペットニュートリション「プリスクリプション・ダイエット(特別療法食)〈猫用〉y/d ワイディー ドライ」
URL: https://www.hills.co.jp/cat-food/pd-yd-feline-dry - ロイヤルカナンジャポン合同会社「猫用食事療法食」
URL: https://www.royalcanin.com/jp/cats/products/vet-products
動物医療専門サイト
- ペット保険比較のピクシー「猫の甲状腺機能亢進症は鳴き声が大きくなる?余命や末期症状も解説!」
URL: https://pi-xy.co.jp/column/4074/ - ペトリィ「猫の甲状腺機能亢進症。高齢猫の余命をさらに短くする疾患の症状や治療法」
URL: https://petlly.jp/column/cat-disease/hyperthyroidism-in-cats/
注記
本記事は上記の信頼できる獣医学的情報源に基づいて作成されておりますが、診断や治療については必ず獣医師にご相談ください。個々の猫の状態により、最適な治療法は異なります。



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