はじめに
「最近、うちの猫の元気がない」「食欲が落ちて痩せてきた」「なんとなく調子が悪そうだけど、原因がわからない」――そんな心配を抱えている飼い主さんも多いのではないでしょうか。
猫のリンパ腫は、猫の悪性腫瘍の約30%を占める最も多い腫瘍の一つです。全身のどこにでも発生する可能性があり、初期症状が他の病気と似ているため、発見が遅れがちな病気でもあります。しかし、リンパ腫の種類やステージを正しく理解し、適切な治療を選択することで、愛猫の症状を改善し、生活の質を維持することは可能です。
この記事では、獣医師監修のもと、猫のリンパ腫の種類別特徴、進行度に応じたステージ分類、そして各段階での治療選択肢について詳しく解説します。愛猫に最適な治療方針を選択するための判断材料として、ぜひお役立てください。
猫のリンパ腫とは何か?基本知識と発症の仕組み

リンパ腫とは、血液中の白血球の一種であるリンパ球が悪性腫瘍化した病気です。猫の全腫瘍中の1/3を造血系腫瘍が占め、さらにそのうちの50-90%をリンパ腫が占めており、リンパ腫は猫に最もよくみられる腫瘍のひとつとなっています。
リンパ球は本来、体内への細菌やウイルスの侵入を防ぐ免疫機能を担っている重要な細胞です。主に免疫グロブリンと呼ばれる抗体を作るなど免疫機能に大きく関与しており、大きくわけてB細胞とT細胞があります。
リンパ腫はリンパ節や脾臓のようなリンパ組織から生じますが、体の全ての組織から生じる可能性があります。これは、リンパ球が全身を循環している細胞であるためです。このため、他の固形腫瘍とは異なり、一箇所に発見されても全身に病変が存在している可能性があります。
猫のリンパ腫は犬と比較して治療への反応性が低く、完治が困難とされています。しかし、早期発見と適切な治療により、症状のコントロールと生活の質の維持は可能です。
リンパ腫が起こる原因とリスク要因
猫のリンパ腫の発症には、複数の要因が関与していると考えられています。
主なリスク要因:
- ウイルス感染: 最も重要な要因
- 猫白血病ウイルス(FeLV)陽性:約60倍のリスク
- 猫免疫不全ウイルス(FIV)陽性:約5倍のリスク
- 両方陽性:約80倍のリスク
- 年齢: 発症時期がウイルス感染により異なる
- ウイルス感染あり:1~3歳で発症
- ウイルス感染なし:8~10歳で発症
- 品種・性別:
- シャムネコは好発品種
- 雄猫の方が発症しやすい傾向
- 環境要因: タバコの副流煙を長期間吸っている猫のリンパ腫発症危険度は2.4倍で、5年以上続くと3.2倍といわれています。タバコの煙への長期暴露は明確なリスク要因となります。
発症部位による5つの分類と特徴的症状

猫のリンパ腫は発生部位によって5つのタイプに分類され、それぞれ症状や治療への反応性が異なります。
消化器型リンパ腫は猫で最も多いタイプで、10歳以上の高齢猫に多発します。胃や小腸、大腸に発生し、嘔吐、下痢、体重減少、食欲低下などの消化器症状が現れます。高悪性度と低悪性度に分かれ、重症化すると消化管閉塞や腹膜炎を起こすこともあります。
前縦隔型リンパ腫は胸腺や縦隔のリンパ節に発生し、3~5歳の若い猫に多く見られます。猫白血病ウイルスが主要原因で、呼吸が速くなる、咳といった呼吸器症状が特徴的です。進行すると呼吸困難や胸水貯留が生じます。
多中心型リンパ腫は猫では稀で、1~4歳の若い猫に見られます。体表のリンパ節(下顎、鼠径、膝窩など)の腫大が主症状で、触診で確認できるしこりとして発見されます。
皮膚型リンパ腫は比較的珍しく、皮膚の脱毛、硬化、潰瘍や丘疹が形成されます。孤立性の場合は外科的切除が選択されることもあります。
節外型リンパ腫は腎臓、鼻腔、眼、中枢神経系などに発生します。特に鼻腔内リンパ腫は猫で多く、顔面変形を伴う場合があります。
症状から見分ける早期発見のポイント
リンパ腫の初期症状は他の病気と似ているため見逃されがちです。元気食欲低下、体重減少、嘔吐、下痢、発熱、リンパ節の腫れなどが続く場合は注意が必要です。
重要なのは、これらの症状が継続する点です。普通の感染症と異なり、リンパ腫による症状は治療なしには改善しません。また、無症状のまま進行するケースもあるため、定期的な健康診断が重要です。
進行すると、リンパ腫が肺浸潤して呼吸不全を起こしたり、腹腔内の腫瘍が破裂して腹膜炎を引き起こしたり、血液異常が進んで貧血や敗血症を起こしたりするケースもあります。このような重篤な症状は猫の心身に大きな負担をかけるため、異常を感じたら早急に獣医師に相談することが大切です。

ステージ分類(進行度)と予後の関係

猫のリンパ腫の進行度は、WHO分類を使用してステージ1~5に分類されます。ステージが高いほど予後が悪く、生存期間が短くなる傾向があります。
ステージ1は単一のリンパ節または骨髄を除く特定の一つの臓器に限定されている初期状態です。リンパ腫はまだ全身に広がっておらず、適切な治療により良好な予後が期待できます。
ステージ2は一つの部位にある複数のリンパ節に異常が見られる状態です。まだ全身への広がりは限定的ですが、単一部位を超えて複数のリンパ節に影響が及んでいます。
ステージ3では全身のリンパ節に病変が認められるようになります。この段階で全身性の疾患として捉える必要があり、治療の複雑さが増します。
ステージ4では肝臓や脾臓に病変が存在します。重要な臓器への浸潤により、肝機能障害や脾機能障害による症状も現れ、病気の進行がかなり進んだ状態です。
ステージ5は最も進行した段階で、末梢血液や骨髄に腫瘍細胞が存在します。血液や骨髄への浸潤により貧血や出血傾向なども見られ、全身性の重篤な状態となります。
さらに、症状の有無によりサブステージa(症状なし)とサブステージb(症状あり)に分類されます。サブステージaの方が予後良好とされています。
悪性度による分類(高悪性度・低悪性度)
リンパ腫は細胞の分化度により高悪性度(低分化型)と低悪性度(高分化型)に分類されます。高悪性度は進行が早く積極的治療が必要で、低悪性度は進行が緩やかで長期管理が可能です。
細胞種類ではB細胞型とT細胞型に分類され、T細胞型はより難治性とされています。正確な分類により適切な治療選択と予後予測が可能になります。
予後に関連する重要な因子として、ステージ1、2はステージ3、4、5と比べ良好で、中央生存期間は7.6ヶ月対2.5ヶ月です。FeLV陰性の場合は陽性より良好で、中央生存期間は7.0ヶ月対3.5ヶ月となっています。
進行度別治療法の詳細解説

猫のリンパ腫は全身性疾患のため、化学療法(抗がん剤治療)が治療の中心となります。リンパ腫は抗がん剤の効果が期待できる腫瘍で、約60%の症例で効果があります。
主な治療選択肢
多剤併用化学療法(標準治療)
- 単剤では耐性を持ちやすいため、複数の抗がん剤を組み合わせて使用
- COP療法:サイクロフォスファミド、ビンクリスチン、プレドニゾロン
- CHOP療法:COPにドキソルビシンを追加。完全寛解率50~70%
- VAPC療法:新しい治療法で、約3割の猫で2-3年の生存が報告されている
消化器型リンパ腫の特殊治療
- 低悪性度(小細胞性):ステロイド+経口抗がん剤(クロラムブシル)併用で約80-90%の猫が1年以上寛解維持
- 高悪性度(大細胞性):より強力な多剤併用療法が必要
治療成績
- 平均余命:6~9カ月程度
- 1年超生存確率:20%程度
- 猫白血病ウイルス感染がある場合:治療効果・余命が短縮
緩和ケアとステロイド治療の選択
抗がん剤治療が困難な場合やQOL重視の場合の選択肢:
ステロイド治療
- 使用薬剤:プレドニゾロン
- メリット:副作用が少なく、一定の効果が期待できる
- 効果期間:数週間から数ヶ月程度(一時的、耐性がつきやすい)
緩和ケア
- 目的:症状軽減と快適性向上
- 内容:食欲増進剤、吐き気止め、栄養サポート、皮下点滴など
- 効果:猫の苦痛を最小限に抑え、残された時間を有意義に過ごせる
治療選択は猫の状態、飼い主の希望、通院頻度、費用を総合的に考慮し、獣医師との十分な相談により決定することが重要です。
よくある質問と回答
Q1: 猫のリンパ腫は治る病気ですか?
A: 残念ながら、猫のリンパ腫の完治は非常に困難とされています。しかし、適切な治療により「寛解」という症状が落ち着いた状態に持ち込むことは可能です。寛解とは、リンパ腫の徴候が完全に消失した状態を指しますが、治癒とは異なります。
Q2: 抗がん剤治療の副作用はどの程度ですか?
A: 猫は犬と比較して化学療法によく耐えるとされていますが、副作用には注意が必要です。主な副作用として胃腸障害(嘔吐・下痢)、骨髄抑制(免疫力の低下)、脱毛が挙げられます。
ただし、重篤な副作用で入院が必要となるケースは10%以下と比較的少なく、適切なケアにより副作用は最小限に抑えることができます。副作用の程度は個体差があり、獣医師が事前に予防策を講じることで重篤化を防げます。
Q3: 治療費はどれくらいかかりますか?
A: リンパ腫の治療費は、選択する治療法、治療期間、病院により大きく異なります。多剤併用化学療法では、1回の治療につき数万円かかることが一般的で、約6ヶ月間の治療期間で総額数十万円から100万円程度となる場合があります。
一方、ステロイド治療は比較的安価で、1錠数十円程度のプレドニゾロンが主体となります。治療前に獣医師と費用について十分相談し、家庭の経済状況に応じた治療プランを検討することが重要です。
Q4: 高齢猫でも抗がん剤治療は可能ですか?
A: 高齢猫でも抗がん剤治療は可能ですが、全身状態や併発疾患の有無を慎重に評価する必要があります。高齢猫では腎機能や肝機能の低下により、抗がん剤の用量調整や使用薬剤の変更が必要な場合があります。
特にドキソルビシンは腎障害のある猫では使用禁忌とされるため、代替薬としてミトキサントロンが使用されることもあります。年齢よりも全身状態が治療選択の重要な判断基準となります。
Q5: セカンドオピニオンを受けるべきですか?
A: リンパ腫は複雑な病気で、治療選択肢も多岐にわたるため、セカンドオピニオンを受けることは有益です。特に以下の場合には積極的に検討することをお勧めします。
- 診断に確信が持てない場合
- 提示された治療方針に疑問がある場合
- より専門的な治療を希望する場合
- 治療選択で迷っている場合
腫瘍専門医や大学病院でのセカンドオピニオンにより、より詳細な診断や最新の治療選択肢について情報を得ることができます。
Q6: 治療しない選択肢もありますか?
A: はい、治療しない選択肢もあります。リンパ腫は進行が早い病気ですが、猫の年齢、全身状態、飼い主の価値観により、積極的治療を行わない判断もあり得ます。
無治療の場合の平均余命は1~2ヶ月とされていますが、緩和ケアにより症状を和らげ、猫の快適性を保つことは可能です。ステロイドによる症状緩和、栄養サポート、痛み管理などにより、残された時間を穏やかに過ごすことができます。
重要なのは、十分な情報を得た上で、愛猫にとって最善と思われる選択をすることです。獣医師と十分相談し、家族全員が納得できる決断を下すことが大切です。
まとめ

猫のリンパ腫は決して軽視できない病気ですが、正しい知識と適切な治療により、愛猫の症状改善と生活の質向上は十分に可能です。
最も重要なポイントをまとめると:
- 早期発見が鍵:継続する食欲不振や体重減少などの症状に注意し、定期的な健康診断を受ける
- 発症部位による分類を理解:消化器型、前縦隔型、多中心型、皮膚型、節外型それぞれの特徴を把握
- ステージ分類で進行度を判断:ステージ1-5とサブステージa/bにより予後を予測
- 治療選択肢は多様:多剤併用化学療法から緩和ケアまで、猫の状態と飼い主の希望に応じて選択
- 完治は困難だが寛解は可能:適切な治療により症状をコントロールし、生活の質を維持できる
リンパ腫の診断を受けた時、多くの飼い主さんが動揺し、どうすれば良いか分からなくなることは自然な反応です。しかし、獣医師と密に相談し、愛猫の状態を総合的に判断して治療方針を決定することで、猫にとって最善のケアを提供できます。
治療の選択においては、猫の苦痛を最小限に抑えながら、残された時間を有意義に過ごすことを第一に考えることが重要です。抗がん剤治療、ステロイド治療、緩和ケアのいずれを選択するにせよ、愛情を持って猫に寄り添い、最後まで責任を持ってケアすることが何より大切です。
もし愛猫にリンパ腫の疑いがある場合や既に診断を受けている場合は、この記事の情報を参考に、獣医師との相談を通じて最適な治療方針を見つけてください。愛猫との貴重な時間を大切に過ごされることを心から願っています。
参考文献・参照記事リスト
本記事は以下の信頼できる獣医学的情報源を参考に作成されました:
専門機関・動物病院による監修記事
- 松原動物病院「猫のリンパ腫」
- URL: https://mah.jp/medc/catlymphoma
- 獣医師による詳細な病態解説と治療指針
- KINS WITH 動物病院「猫のリンパ腫の初期症状や原因について徹底解説」(2024年5月)
- URL: https://kinswith-vet.com/journal/2565/
- 症状と原因に関する包括的解説
- あさくさばし動物病院「猫の高悪性度消化器型リンパ腫について」(2025年2月)
- URL: https://www.asakusabashi-ah.com/case/猫の高悪性度消化器型リンパ腫について/
- 最新の診断・治療情報
- 埼玉動物医療センター「猫のリンパ腫」
- URL: https://www.samec.jp/owners/2013/12/post-27.php
- 臨床データに基づく予後情報
- 結城チロロ動物病院「犬と猫のリンパ腫について|早期発見がカギ!種類別症状と治療法」
- URL: https://www.yuki-chiroro.com/column/lymphoma.html
- 早期発見に関する実用的情報
腫瘍専門医による解説記事
- ペトコト(PETOKOTO)「猫のリンパ腫|初期〜末期ステージ別の症状・原因・治療法などを腫瘍科認定医獣医師が解説」(2018年6月)
- URL: https://petokoto.com/articles/1026
- 腫瘍科認定医による専門的解説
- 動物病院サプリ「猫のリンパ腫とは?病型やステージ分類など徹底解説!」(2024年3月)
- URL: https://animaldoc.jp/cat-sick/cat-lymphoma/
- ステージ分類の詳細解説
- Toletta Cats「ねこの腫瘍で最も多いリンパ腫について。症状や検査、治療と予後について解説」(2022年3月)
- URL: https://jp.tolettacat.com/blogs/toletta-blog/feline-lymphoma
- 獣医師監修による包括的解説
最新治療法に関する専門情報
- モリタ動物病院「猫の高悪性度消化器型リンパ腫に対する新しい治療」
- URL: https://www.morita-ah.info/腫瘍科専門外来/猫の高悪性度消化器型リンパ腫に対する新しい治療/
- VAPC療法など最新治療法の情報
- 東京ウエスト動物病院「犬や猫のリンパ腫(分類、症状、診断、治療、予後)」(2024年10月)
- URL: https://tokyowest-ah.jp/blog/2024/07/01/犬や猫のリンパ腫/
- 詳細な分類と診断情報
治療実績と症例報告
- ペット保険のPS保険「猫のリンパ腫の症状と原因、治療法について」(2023年8月)
- 犬と猫の緩和ケア【往診専門動物病院】「猫のリンパ腫|寛解を目指すための治療について獣医師が解説」(2025年1月)
- URL: https://inunekokaigo.com/feline-lymphoma-summary/
- 緩和ケアの専門的視点
これらの情報源はすべて獣医師が執筆・監修した信頼性の高い医学情報であり、最新の獣医学的知見に基づいています。



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