はじめに
猫伝染性腹膜炎(FIP)は、猫コロナウイルス(FCoV)の変異により引き起こされる深刻な疾患です。FIPの診断は複雑で、様々な検査を組み合わせて総合的に判断する必要があります。本記事では、FIPの診断に用いられる主な検査方法と、その結果の一般的な判断基準について、獣医師の監修のもと詳しく解説します。
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Images:
FIP-Krankheitsmuster by Kalumet, Phrood, CC BY-SA 3.0 (https://de.wikipedia.org/wiki/Benutzer:Phrood)
FIP診断に用いられる主な検査方法
血液検査
血液検査は、FIPの診断において重要な役割を果たします。主に以下の項目が評価されます。
- 白血球数: FIPでは通常増加傾向にあります。正常値は5,000〜19,000/μLですが、FIPの場合はこれを上回ることが多いです。
- ヘマトクリット値(PCV): FIPでは貧血傾向が見られます。正常値は24〜45%ですが、FIPではこれより低下することがあります。
- リンパ球数: FIPでは減少傾向にあります。正常値は1,500〜7,000/μLですが、FIPではこれを下回ることが多いです。
- 好中球数: FIPでは増加傾向にあります。正常値は2,500〜12,500/μLですが、FIPではこれを上回ることがあります。
- 総蛋白量: FIPでは増加傾向にあり、8.0 g/dL以上に増加することが多いです。正常値は5.4〜7.8 g/dLです。
- アルブミン/グロブリン比(A/G比): FIPでは低下傾向にあります。正常値は0.8〜1.2ですが、FIPでは血清中で0.8未満、腹水または胸水中で0.4未満に低下することが多いです。
体腔液検査
FIPには湿性型と乾性型がありますが、湿性型の場合、体腔(胸腔や腹腔)に液体が貯留します。この液体の検査は診断に重要です。
- 蛋白濃度: FIPの場合、3.5 g/dL以上に増加することが多いです。
- 細胞数: FIPの場合、1,000〜25,000/μL程度(平均10,000/μL)であり、主に好中球とマクロファージが観察されます。
コロナウイルス抗体検査
FIPの原因となる猫コロナウイルス(FCoV)に対する抗体を測定します。
- 抗体価が1:1,600以上の場合、FIPの可能性が高いとされます。
- 抗体価が1:400以下の場合、FIPの可能性は低いと考えられます。
ただし、この検査だけではFIPの確定診断はできません。FCoVに感染していても必ずしもFIPを発症するわけではないためです。
PCR検査
PCR検査は、FCoVの遺伝子を直接検出する方法です。
- 陽性の場合、FCoV感染を示しますが、必ずしもFIPとは限りません。
- 陰性の場合、FIPの可能性は低いと考えられます。
PCR検査は感度が高いため、FCoVの存在を確認するのに有用ですが、FIPの確定診断には至りません。
組織検査
組織検査は、FIPの確定診断に最も有効な方法です。
- 生検や剖検で得られた組織サンプルを用いて、組織学的検査を行います。
- 免疫組織化学的検査で、FCoV抗原が検出された場合に確定診断となります。
しかし、この方法は侵襲的であり、生きている猫に対して実施することが難しい場合があります。
血清アミロイドA(SAA)検査
SAAは急性期タンパク質の一種で、炎症反応の指標となります。
- 健康な猫のSAA値は通常0.1 μg/mL未満です。
- FIPでは、SAA値が100〜1,000 μg/mL以上に急激に上昇することがあります。
SAAの上昇はFIP特異的ではありませんが、他の検査結果と併せて評価することで診断の一助となります。
これらの検査を組み合わせ、臨床症状や身体所見と合わせて総合的に判断することで、FIPの診断精度を高めることができます。しかし、FIPの診断は依然として難しく、獣医師の経験と専門知識が重要な役割を果たします。早期発見と適切な治療が猫の予後を左右するため、症状が疑われる場合は速やかに獣医師に相談することが大切です。
FIP検査結果の一般的な判断基準
血液検査
- 白血球数: 正常値5,000〜19,000/μL(平均12,000/μL)。FIPの場合増加傾向。
- ヘマトクリット値(PCV): 正常値24〜45%(平均35%)。FIPの場合貧血傾向。
- リンパ球: 正常値1,500〜7,000/μL(平均4,000/μL)。FIPの場合減少傾向。
- 好中球: 正常値2,500〜12,500/μL(平均7,500/μL)。FIPの場合増加傾向。
- 総蛋白量: 正常値5.4〜7.8 g/dL(平均6.6 g/dL)。FIPの場合8.0 g/dL以上に増加することが多い。
- アルブミン/グロブリン比(A/G比): 正常値0.6〜1.2(平均1.0)。FIPの場合、血清中のA/G比が0.8未満、腹水または胸水中のA/G比が0.4未満に低下することが多い。
体腔液検査
- 蛋白濃度: FIPの場合3.5 g/dL以上に増加することが多い。
- 細胞数: FIPの場合1,000〜25,000/μL程度(平均10,000/μL)。主に好中球とマクロファージ。
コロナウイルス抗体検査
- 抗体価1:1,600以上で、FIPの可能性が高い。
- 抗体価が1:400以下の場合、FIPの可能性は低い。
PCR検査
- 陽性の場合、FCoV感染を示すが、必ずしもFIPとは限らない。
- 陰性の場合、FIPの可能性は低い。
組織検査
- 組織学的所見や免疫組織化学的検査で、FCoV抗原が検出された場合に確定診断となる。
血清アミロイドA(SAA)検査
- 健康な猫のSAA値は通常0.1 μg/mL未満。
- FIPでは、SAA値が100〜1,000 μg/mL以上に急激に上昇することがある。
公開されているFIPの情報を元に、基準の数値をまとめたものになります。これらの数値はあくまでも参考値であり、個々の猫の状態や症状、他の検査結果なども総合的に判断する必要があります。FIPの診断は難しいケースが多いため、これらの検査結果を適切に解釈し、獣医師と相談しながら診断と治療方針を決定することが重要です。

FIP診断の難しさと注意点
非特異的な初期症状
FIPの初期症状は、多くの他の疾患と類似しているため、早期診断が困難です。
- 発熱(39.5℃以上)
- 元気消失(活動量著減)
- 食欲不振
- 体重減少
- 被毛の艶の消失
- 重い瞼と目立つ瞬膜
- 上下運動消失
- 浮かない表情、鈍い反応、好奇心や狩猟本能の消失
これらの症状は、FIPに限らず、他の感染症や慢性疾患でも見られるため、注意が必要です。
病型による症状の違い
FIPにはウェットタイプとドライタイプがあり、症状が大きく異なります。
- ウェットタイプ: 胸水や腹水が貯留し、呼吸困難や腹部膨満が見られます。
- ドライタイプ: 眼の炎症、神経症状、リンパ節腫大、臓器不全が観られます。
多くの場合、ウェットタイプとドライタイプの混合型として治療したほうが救命率は上がり、再発率も下がります。
検査結果の解釈の難しさ
単一の検査結果だけでFIPを確定診断することは困難です。
- 血液検査: 異常値が見られても、FIP特異的ではありません。
- コロナウイルス抗体検査: 高抗体価でも必ずしもFIPではありません。
- PCR検査: 陽性でも、良性のコロナウイルス感染の可能性があります。
複数の検査結果を総合的に評価し、臨床症状と照らし合わせる必要があります。
猫コロナウイルス(FCoV)感染とFIP発症の区別
FCoVに感染しても、必ずしもFIPを発症するわけではありません。
- 多くの猫がFCoVに感染していますが、FIPを発症するのは一部です。
- FCoVからFIPウイルスへの変異メカニズムは完全には解明されていません。
FCoV感染の有無だけでなく、ウイルスの病原性変化を考慮する必要があります。
確定診断の困難さ
FIPの確定診断には、侵襲的な検査が必要となることがあります。
- 組織生検: 最も確実な診断方法ですが、侵襲的で危険を伴う場合があります。
- 免疫組織化学検査: 特異的ですが、生きている猫での実施が難しいです。
確定診断のリスクと利益を慎重に検討する必要があります。
治療的診断の重要性
最も信頼できる診断法として、治療的診断が挙げられます。
- FIPの特効薬であるGS-441524(GS)は、他の疾病には100%無効です。
- GSでわずかでも改善が観られたら、100%FIPと診断できます。
- ただし、手遅れでGSすら無効なFIP猫は、治療的診断はできません。
総合的な判断の必要性
FIPの診断には、臨床症状、血液検査、画像診断、体腔液検査、組織検査、PCR検査及び治療的診断など、複数の検査、診断法を組み合わせた総合的な判断が必要です。FIPに熟練した獣医師のコンサルティングが必須となります。
FIPの診断には、これらの難しさと注意点を十分に理解した上で、総合的なアプローチが必要です。獣医師の経験と専門知識、最新の研究成果を踏まえ、慎重に診断を進めることが重要です。また、飼い主との十分なコミュニケーションを通じて、猫の状態や生活環境についての詳細な情報を得ることも、正確な診断につながります。
FIP診断後の対応と治療
抗ウイルス薬「GS-441524」を用いた治療
現在、最も有望なFIP治療法は、抗ウイルス薬「GS-441524」(以下、GS)を用いた治療です。
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- 作用機序: GSは、FIPウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害し、ウイルスの複製を抑制します。
- 投与方法:
- 初期投与: 1日1回、20mg/kgを皮下注射で3-5日間
- メンテナンス投与: 1日1回、10mg/kgを経口投与で79-81日間
- 効果: 投与を受けた猫の80%以上が、FIPを克服し、長期生存が得られたとされています。
- 注意点: 猫の状態や反応に応じて、投与量や期間を調整する必要があります。
輸液療法
FIPに罹患した猫は、しばしば脱水や栄養不良を伴うため、輸液療法が重要です。
- 目的: 脱水の補正、電解質バランスの是正、栄養補給、臓器機能の維持
- 方法: 静脈内または皮下で実施
- 種類:
- 維持輸液: 脱水や電解質異常がない場合
- 補正輸液: 脱水や電解質異常がある場合
- 栄養輸液: 長期の食欲不振や栄養不良がある場合
免疫改善
FIP治療には、免疫系の改善も重要な役割を果たします。
- NV1
- βNMN
- プラチナナノコロイド
- 肉、魚肉の給与
- マルチビタミン・ミネラル、必須脂肪酸・アミノ酸(猫用粉ミルク)の補給
ストレス管理と環境改善
FIP罹患猫のストレスを最小限に抑えることが重要です。
- 静かで快適な環境の提供
- 他のペットや小さな子供との接触を制限
- 規則正しい生活リズムの維持
- 適度な温度と湿度の管理
→【猫のストレス管理についてはこちら】
定期的な経過観察と治療効果のモニタリング
治療中は、定期的な経過観察が必要です。
- 臨床症状の改善: 食欲、活動性、体重など
- 血液検査: 白血球数、リンパ球数、総蛋白質、アルブミン・グロブリン比、γグロブリン、α1AG、SAA
- 画像診断: 胸水や腹水の減少、リンパ節腫大の改善など
治療後のフォローアップと再発予防
FIP治療が奏功し、寛解に至った場合でも、再発のリスクがあります。
- 定期検査: 臨床症状、血液検査、画像診断などで再発の有無を確認
- 再発予防: ストレス管理、環境改善、免疫力の維持などに努める
- 再発が疑われる場合は、速やかに治療を再開
後遺症への対応
FIPの治療後、以下のような後遺症が報告されています。
- 突然死(心筋症の基礎疾患がある場合)
- 血栓性塞栓症
- 味覚障害
- 不全麻痺
- 脳脊髄液排出路障害
- 網膜剥離
これらの後遺症に対しては、個別の対応が必要となります。
FIP治療は、飼い主と獣医師が協力して、長期的に取り組む必要がある治療です。治療の過程で、猫の状態や飼い主の事情に合わせて、柔軟に治療方針を調整していくことが大切です。また、最新の治療法や研究成果について、獣医師と相談しながら、愛猫にとって最善の選択をすることが重要です。
まとめ
FIPの診断には、様々な検査方法と判断基準があります。しかし、診断が難しい疾患であるため、一つの検査結果だけでなく、総合的な判断が必要です。早期発見と適切な治療が猫の予後を左右するため、気になる症状があれば速やかに獣医師に相談することが大切です。また、最新の研究や治療法についても獣医師と相談しながら、愛猫にとって最善の選択をすることが重要です。
参考文献: EveryCat Health Foundation, World Small Animal Veterinary Association



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